ご案内
人間の命は仏や神からの預かりものですから、仏や神を裏切ることになってしまうからです。
そもそも、薬や治療では治らないなら、他人の臓器と取り替えようという発想はどこから出てきたのでしょうか。
それは、人間の体を部品の寄せ集めだと考えているからです。
もちろん、臓器を移植しなければ生きながらえない人の苦悩もわかりますが、他人の臓器を提供してもらうと、免疫反応が抑えられて、普通の生活ができなくなります。
マスコミなどでは、一度移植するとそれが定着して一生涯大丈夫なような書き方をしています。
五年や一O年で、もし体力があれば取り替えることも可能かもしれませんが、しかし、実際には、ほとんどは取り替えることができないといいます。
医者も報道機関も、移植によって生命が救われたようなことを言いますが、それはとてもけしからんことです。
移植すると、人混みのなかには出ることができませんし、いつも家のなかで無菌状態にして生きなければならないような状態になってしまうことをしっかり書くべきです。
新聞に人工心臓ができたことが報じられ、臓器移植に替わるものとして注目を集めているようですが、まるで、人体は医者たちの実験道具にされているようです。
道具ですからどんどんおもしろい実験もできます。
しかし、病人は医者たちの奴隷ではありません。
そういえば、アメリカのレントゲン医師が考案したサイモントン療法というものがあります。
この療法はサイモントンが、あるとき、放射線治療が効く人と効かない人がいることに気づいたことがきっかけになっています。
明るくて陽気な人のほうが治りやすく、暗い性格の人は治る率が低いことを発見した彼は、人間の体には、ガン細胞をやっつける大きなカがあるのではないかと考えました。
そこで、その力を魚の食欲な食欲にたとえ、ガン細胞を大きな口と鋭い歯で粉々にして飲み込んでしまう魚のイメージを絵に描いてもらうことにしました。
しかも、ガン細胞を退治する力の象徴である魚をどんどん大きくし、エサを小ちくして魚がエサをどんどん食べる様子を描かせると、実際にとても効果があったということです。
人間のなかにある免疫系がしっかり働いているうちは、自然治癒力がありますから、うまく生きていけるはずですし、自分が本来もっているパワーを上手に使わなければ生きている意味がありません。
免疫というのは、自己と異物を認識します。
つまり、私が私であるという認識をさせるのが免疫です。
この機能が、年齢を取ってくると次第に低下してくるということは、異物に対しての反応が弱まってしまうことです。
人間の体はどこまで解明されたのでしょうか。
まだまだわからないことが多いのに、わかったような顔をしていますが、もっと謙虚になって、生きている、あるいは生かされている意味を考えることで、病気とはいったい何かが明らかになってくるような気がします。
私も先生と同じように、現代の医療にはさまざまな問題があると思っています。
たしかに、現代医学は急性感染症や大けがなど、緊急に処置しなければならないときにはすごい力を発揮しますが、高血圧症や糖尿病、ガンやアトピー性皮膚炎といった現代のありふれた病気をなかなか治すことができません。
なんとか治そうとして相当に努力していて、その研究は、病気の原因が遺伝子異常ではないかという方向に進んでいます。
しかし私は、遺伝子異常という考え方を前提にした現代医学では、病気の謎が解けないということに気がつきました。
なぜなら、もしも、遺伝子異常で病気が起こっているとすれば、今、日本人だけでも一000万人とも二OOO万人ともいわれる高血圧症の人は、すべて遺伝子異常になっているということになります。
また、子どもたちに多いアトピー性皮膚炎や気管支暢息は、ここ一五年で爆発的に増えています。
アトピー性皮蔚炎は、一五年前に一五万人弱だったのが、今、1OO万人になっています。
もし、遺伝や体質だけの問題だったら、そんなことにはなりません。
アトピー性皮膚炎の子どもたちは、発症する前のリンパ球レベルを調べると、非常に高いこともわかっています。
自分が欲しいものはなんでも手に入るという豊かさと甘えの環境がこうした病気をつくっているのです。
病気が遺伝子異常から起こっているとなると、三六億年かけて辿り着いた人間という生命体は、頻繁にできそこないで生まれてくるということになりまずから、こうした考え方は受け入れることができません。
これでは、まるで人間は病気になるために生まれてくるということになるからです。
人間の体は、生きているとあちらこちらが壊れるような設計図にはなっていないはずです。
五O年や一OO年生きたからといってだめになるという生き物ではありません。
病気の原因は遺伝子の異常にあるわけではありません。
もっと身近なところにあるはずです。
時代とともに病気の種類が変わってきたことを考えると、人間の側に問題があることがわかります。
私たち人類は、穏やかに生きるために食べ物を確保したり、寒さから身を守るためにいろいろ工夫を凝らしたりしてきました。
野生動物なら苛酷な環境のなかでも生き方を変えることはありませんが、人間の場合は、もっともっと豊かになろうと頑張るようになってしまいました。
人間の生き方には、長い歴史のなかで続いてきた生活とはかけ離れた偏りが生まれてきました。
無理をしたり、悩んだり、体を動かさないで美味しいものばかり食べたりしているといったようなことは、人類史からみれば最近のことです。
現代は、せっかくの努力や工夫が逆に病という禍を引き起こしている時代だということです。
無理をしたり、悩んだりすると、体に大きな負担がかかります、あまり楽をすると今度は人間が本来もっている能力、つまり、筋肉や考える力などを維持できなくなります。
楽といら立ちが同居する状態がこれほどまでに増幅した時代はありません。
こうした生活の偏りが病気の原因になっているのです。
過度の『緊張』と『楽』が体の破綻を招く生き方の偏りが病気の原因であることを、私流に表現したのが、緊張状態がつくり出す」ということです。
交感神経は私たちの日常生活を支えている神経で、筋肉を使ったり、血圧を上げて脈拍を速めたりしながら、頑張る体調を維持してくれます。
しかし、長時間労働をしたり、重い悩みを抱えたままの状態だったりすると、いつも頑張っている体調と同じになってしまいます。
そうなると、脈拍、血圧、血糖値などが高くなりますから、そこから、病気の成り立ちが見えてきます。
これまでは、高血圧症になっても、その根本的な原因を追求することはなく、原因不明のまま、薬に頼る状態でした。
なぜ高血圧症になってしまうのかというよりも、とりあえず血圧を下げれば、元の状態になるだろうと考えました。
そこには薬に対する過剰な期待がありました。
逆に楽をしすぎても、病気の原因をつくってしまいます。
消化管神経はラックの神経ですから、食べることで副交感神経が働いたときは、なかなか行動を起こすことができません。
こうした状態が行き過ぎると、まず症状として出てくるのは、気だるくなって動くのが億劫になる無気力状態です。
朝起きても元気が湧いてきません。
つぎにくるのが筋力の低下です。
